著:事務局 平塚 

 2003/4月

 

パート1

3年目のjoy耐に参加すべく今年もドライバー探しからレースが始まる。レース参戦も続けてみると良い事もあるもので、今年は、昨年一緒に参加していただいた染谷さんが今年の参加も快諾。そして私(ひらつか)と徳田さんの3名が早々に決定。

「もう1名のドライバーを探せば、良いだけだ」という事で、何人かのドライバーに声を掛ける。あの人、この人… アレッ? また、いないの〜

クラブの走行会の案内等でも、募集をかける。そうこうしているうちに、望月さんが現れた。望月さんは筑波のP-FRに参戦していた経験もあり、昨年のjoy耐にも60号車で参加。ドライバーとしては申し分無い。

今年は楽しいレースになりそうだ。

 

 2003/5/2

 

パート2

第1回公開練習

今回は染谷さんとひらつかのみ参加。第2回公開練習もあるので、2名ずつに分かれて練習会に参加することにした。

この日の走行時間は4時間30分。
練習会だというのに55台以上の車両が参加。本番は100台を超えるのか?といった雰囲気。
燃費のチェックに全開走行と、本番以上の走行時間に僕は「4時間半耐久で結構満足しちゃったね」というと染谷氏も「ウンウン!」だって。
 

2003/5/8

 

パート3

エントリー

本番まで2ヶ月以上もあるのに、今週末(5月10日)がエントリーの締切日。参加申込書と車両申告書・誓約書に参加料120,000円くらいを郵送した。

で、郵送する前に散々悩んだのが、どのクラスにするかという事。普通にいけばN−T車両なのでA-3クラスとなるのだが、チョットまて…

昨年は確かに2位入賞と良い結果が出た。しかし、これは雨が降ったりと、うちにとって良い条件がたまたま揃ったからの結果であることは自分が一番よくわかっている。 よく、レースに「たら・れば」はないと言うが、これは「あのスピンが無かったら」とか「あのトラブルが無かったら」もっと良かったに…という時に良く使う名ゼリフだが、去年のうちの話しで言えば、「あそこで雨が降ってこなかったら、もっと結果は悪かった」となる。 「たら・れば」の逆パターンになるわけだ。

まあ、いろいろとデータを分析(そこまでしなくても判るけど)すると、ドライコンディションでは、どう考えても歩が悪いのだ。その理由の1つがタイヤ。DC2のタイヤサイズはノーマルが215/45-16。N−Tのレギュレーションでは、タイヤはノーマルサイズまでしか使う事が許されず、使用できるのはYHであればA038しかない。そう、048の前のタイヤである。

しかし、N−Uのクラスで参加すれば、タイヤサイズは自由となるので、A048が使える。048のグリップ力は使ったことがある人なら判ると思うが素晴らしい。ただし耐久性という問題もある。

048を投入するとなると、タイヤの耐久性テストから始まり、燃費のチェック、など全て一からやり直さなければならない。さらに全て048で行くとなれば、タイヤの購入本数も膨大だ。当然予算はオバー。 さらに予選では本当のN−U車両を相手にしなければならない。

散々悩んだ挙句、とりあえず、B−3(N−U)クラスでエントリー。6月17日の第2回公開練習で048のテストをしてみる事にした。

2003/6/17

 

パート4

第2回公開練習

今回は望月さんと徳田さんが参加の予定だったが 「徳田さんが急用のため、参加出来ず」 という事で急遽、望月さん染谷さんひらつかの3名で参加する事になった。

走行は望月さんがメインで染谷、ひらつかはタイヤテスト。

しかし、当日はナント雨。「タイヤテストにならないじゃん」と思いつつも、気持ちを切り替えて、まあウエット練習でも良いかなと…

そして、この日はナ・ナ・ナント、86台が参加。「たくさん来てる〜、ワクワクする〜」と言った感じでした(俺だけか?)。

走行は午前中はウェットだったものの、午後からはコースも乾きはじめ2時過ぎには、ほぼドライ。予定していた048のドライでのテストも消化できた。

さすがに、これだけ台数がいるとクリアラップを取る事はまず出来ない。しかしながら走行タイム自体は去年より少し良いという事を考えれば、クリアラップが取れて、去年と同じ気温で走れば、タイムは向上しているだろう。038ではアンダーが出て踏めなかったところが、048では踏んでいける。フィーリング的には格段に良い。しかしその反面、燃費はかなり落ちる。そしてタイヤの消耗もかなり激しい。

タイヤが2時間持てば、048を投入したいと思ったが、微妙に厳しそうである。1時間ごとにタイヤ交換となるとそれはかなりつらい。

048を投入するという時点で、予算がオーバーすることが確実だったが、それを投入する事によって、決勝でもう1周走れるなら、使う価値はあると思っていた。048が2時間持てば、予算がオーバーするといってもたぶん20万〜30万円くらい、そのくらいなら少しばかりの貯金もある。

要は、去年や一昨年と同じパッケージングで走るのではなく、「より可能性があることをしたい」 「新しい試みをしてみたい」ということだ。もちろん失敗するかもしれないが、前向きなことをやって失敗したなら後悔も少ないはずだ。

今回の公開練習には、我がチームがエントリーした、B-3クラスは4台と全車が参加。
2割強が予選落ちとなりそうな、今年の状況を考えると、4台中1台が予選落ちとなるかも知れない。
うちを除く3台もN−U車両な訳で、なかなか手ごわそうだ。
走行終了後に配布されたリザルトを見ると、B-3クラスの中では、2分19秒055を叩き出した、渋谷/神取/井上組のシビックがダントツでトップ。
次いで山田/篠浦/岡田秀樹組のSpoon・S2000が21秒447。次ぎがSpoon・S2000に0.3秒送れて、我がクレバーインテグラ。さらに0.062秒後には柴田/松坂/中山組のシビックが続く。
こりゃ、本番以上に予選が熱いですぜ!!
この日は86台中総合10位。でもそれがクラス4台中4位であれば予選落ちということもある。それがレギュレーションというヤツだ。
今年の予選アタックは徳田さんと望月さんが担当だ。俺は彼等の後ろで、予選が通るように呪文をかけるだけ。
頑張れ徳田さん、望月さん。決勝が走れるかはこの2人にかかっている。
第2回公開練習の様子はこちら
    ↓
http://www.twinring.jp/motorsports/race/motegi/JOYTAI/index.html

 

2003/6/21

 

パート5

ミーティング

第2回公開練習に参加が出来なかった徳田さんが19日に個人練習に行った。

その後、徳田から電話があり、「タイムが今一つ」という。しかし、タイム自体はそんなに悪くも無いので、一安心。 そして徳田さんから「今度、ミーティングをやろう」という提案があった。

わたしが「21日は筑波で走行会をやっていて、染谷さんも来ているので、どうですか」と聞くと「OK!」とのこと。 望月さんは、遠方なのでとりあえず3人でミーティングとなった。

そしてミーティングの席上でエンジンブローのことを知らされる。メカニックの塩谷さんの説明によると、「特に徳田さんの乗り方に問題があったという訳でもなく、少しのオーバーレブが序所に金属疲労を起こし、たまたま徳田さんが乗っていたときにブローした」ということだった。

その話しを聞いて「目の前が真っ白になった」 エンジントラブルはいつか発生するとは思っていたが、まさか今回とは…  大・大・大ショ〜ック (大泣き)

今のエンジンは昨年のjoy耐の前に60万円以上もかけてフルオーバーホールをしている。昨年走らせたのはjoy耐だけだから、1レースしか使っていない。走行距離で言えば、練習も含めて1500キkm程度か?一般の車で言えば「まだナラシ中」といったところだろう。

とりあえず、エンジンはO/Hする事にしたが、その出費は約50万くらい。その費用を染谷さんや望月さんにも負担してもらうのは酷な話しだし、望月さんは去年乗ったわけでもない。そうなると048を使ってみるという作戦は白紙に… (再び大泣き)

エンジンブローの話しを聞いて、今までの乗り方を振りかえる。燃費を考えて走らなければならない耐久レースでは決勝はもとより、練習でもそんなに全開で走りはしない。通常はせいぜい8000回転、予選でも8500回転。ノーマルのインテのレッドゾーンが8400回転ということを考えれば、問題無い範囲だと思っていたが、やはり長丁場、しかももてぎのコースとなれば、車にかかる負担は想像以上に大きいということだろう。 

エンジンが1レースしか持たない… これは来年以降の参戦の根幹に響く重大な問題だ。たぶん来年やるなら、またレース前にエンジンをO/Hをして…となるだろう。その負担を参戦するドライバーにお願いするとなれば、今の参加負担金に15万円の上乗せ? これはかなり厳しい。その金額では染谷さんも望月さんも乗らないだろう。私もその金額を提示されたら、たぶん…乗らない。

 

2003/6/25 パート6

エントリーリスト

いよいよ、参加受理書が着た。

土日のタイスケを確認し、ピットを確認し、エントリーリストを確認し… 

んっ? 台数が増えている? たしか、5月の下旬にツインリンクもてぎのホームページで発表されていた台数は114台くらいだったはず。なのに今回発表されたのは125台。これってどういうこと?

まあ、遅れて申込みをしてきたという事でしょうけどね。 しかし今回は5月下旬の発表時点で、すでに予選落ちするくらいの台数がきているわけで、それ以降の受付っていうはするべきではないでしょう。特別規則書に違反した申込み者によって、きちんと申込みをした人が予選落ちをするなんてことがあっても良いんですかね? 「エンジョイだからなんでもあり、まあ、テキトーに…」 ということでもないと思いますけどね。

もてぎ側としては、来年、東コースのピットまで使用して、さらに決勝出走台数を増やしたがっているけど、やめた方が良いと思う。

第2回公開練習の時はウェットコンディションで、ミーティングの席上、もてぎの土屋氏が 「くれぐれも注意して走行して下さい」 と説明していたにも関わらず、コースオープン直後からスピン・コースアウトが続出。すぐに赤旗中断となってしまった。あの日は走行時間の3割近くは赤旗だったんじゃないかな? しかも車両回収中にスピンする車両もいる始末。 もし本番がウェットだったら、かなり大変なことになるような気がするし… 何より車両回収中にスピンする奴がいるなんて、言語道断。 ドライバーが怪我をするだけじゃなくオフィシャルが怪我をするっていうの。 誰かが怪我をしてからでは、手遅れだからね。

もし、どうしても、決勝出走台数を増やしたいのであれば、初レースの人(またはそれに近い人)を対象に勉強会をやる等したらどうだろう?

このレースは速度差がかなりあるのに加えて、後を見ていないドライバーも多い、ハッキリいって結構危ないレースなんだ。 実際、公開練習のときも、レコードラインをゆっくり走るB▲W、すでに横に並んでいるのに車を寄せてくるイン▲グラ。クラッシュの一歩手前のシーンがアチコチで見られた…

7月2日、予選前日の特別スポーツ走行の案内が着た。そのなかにはなんと、H項とL項が入っていた。親切というか、情けないというか…

2003/7/11 パート7

公式練習

joy耐の本番は金曜日から始まる。

とは言っても金曜日の走行時間はさほど多くはない。私を除く3名のドライバーに参加してもらった。

私は東京から、もてぎの方向の空を眺め、マシンが壊れない事を祈るだけだった。

2003/7/12 パート8

予選

12日の朝、メンバーと合流し、私だけ受付、ライセンス・装備品のチェックを受ける。

マシンの準備も終わっているので、バタバタすることも無いし、予選アタックの担当でもないので、緊張する事もない。しかしながら、予選が通過できるかは気になるところだ。

ということで、まずは敵の視察に回った。練習の時に来ていた4台に、いつの間にか加わったプリメーラとBMW。「6台中2台が予選落ちになるとしたら、プリメーラとBMWだろう」と思っていたのだが、プリメーラの姿が見当たらない。

もてぎ側からは、どのクラスから何台が予選落ちになるのかのアナウンスもないまま予選がスタートした。すると今度はBMWが違うクラスのところで走行をしている。「おいおい…」である。もちろん、もてぎ側からはクラス変更などのアナウンスはない…

結局、予選は第1ドライバー望月さんが叩き出した2分18秒970で125台中12位。クラス4台中3位でギリギリ予選をクリアした。

2003/7/13 パート9

決勝

スタートドライバーは望月さんだったので、私は昨年見られなかった90台(昨年は75台)のローリングスタートをみる事が出来た。

2番目に乗るのが私だったので、スーツに着替えモニターを見ながら、準備を整える。するとモニターに映し出される我がインテグラ。「あれっ?今スタートしたばっかりじゃん」 しかもストレート部分で停まっている。 「トラブル?」

スタート直後のトラブルに私の頭の中は真っ白に… 「あーあっ、今年は終わった、しかも開始早々に…」 

車両は牽引してリペアエリアまで運ばれる。 原因は電気系のトラブルで、修復自体はそんなに時間がかからずにすんだが、すでに5周をロスしている。そして給油、ドライバー交代。

私は約30周をこなし、給油、トライバー交代へ

そして、3番目は染谷さん。 しかし染谷に変わってすぐにセーフティーカーが入ったため、給油、ドライバー交代。

そして4番目が徳田さん。やはり約30周して、給油、ドライバー交代。

「給油はもうしないでいきたい」というメカニック塩谷さんに「失うものは何もないので」という私。 残りを先程あまり走行が出来なかった染谷さんと望月さんに乗ってもらう事にした。

順位は序所に上がってきたが、ストップした時の5周の差はあまりに大きい。トップとは差が縮まらない。

染谷さんから望月さんへとドライバー交代をし、チェッカーを目指す。「失うものは何もない」とは言ってもチェッカーが受けられるか、どうかはかなり気になる。自然とモニターの前にくぎ付けになるピットクルー、ヘルパーそしてドライバー。

時計が午後5時30分を回り、チェッカーが振られる。最終コーナーを立ち上がる我がインテグラに手を振るピットクルー。

順位は11位と満足のいくものではなかったが、スタート直後に「もうダメだ」と思ったレースがみんなの力で最後まで走り切れた、順位も11位まで挽回できた」と言うことは率直に嬉しいし、協力してくれたメカニック、クルーには本当に感謝したい。

みんな、ありがとう!!

(その後、上位車両が1台失格となり10位となりました)